2010年08月18日

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Togetter(トゥギャッター) - 「hirono_hideki」さんのまとめ http://togetter.com/id/hirono_hideki つぶやきマッシュアップ!

金沢法テラス、金沢弁護士会、金沢地方検察庁への電話連絡(2010年8月18日)のまとめ http://togetter.com/li/43019 Wed, 18 Aug 2010 23:16:30 +0900

疑問点のある、ジャーナリストによる冤罪事件のまとめ http://togetter.com/li/41756 Fri, 13 Aug 2010 09:39:07 +0900

被告発人・被告訴人YSNに関するツイートのまとめ http://togetter.com/li/40222 Fri, 06 Aug 2010 11:28:27 +0900

弁護士、検察、裁判官、警察について考える http://togetter.com/li/39271 Mon, 02 Aug 2010 09:59:50 +0900

再審請求の資料関係のリスト http://togetter.com/li/38969 Sat, 31 Jul 2010 20:47:57 +0900

誤判、再審に関するツイートのまとめ http://togetter.com/li/38926 Sat, 31 Jul 2010 12:24:15 +0900

告発、再審請求の準備中 http://togetter.com/li/38909 Sat, 31 Jul 2010 10:00:47 +0900
posted by 廣野秀樹 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 石川県警察本部提出資料関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国選弁護人の犯罪性について(1)

石川県警察本部に再捜査の要望書を提出するにあたり、裁判の記録に目を通してきましたが、自分でも理解に苦しむところが多いと改めて考えるようになりました。

金沢西警察署の捜査の妥当性を論じる前に、その後の裁判の経過を左右したと思われる国選弁護人岡田進弁護士の対応について事実をありのままに書き、法的な観点からも言及しておきたいと思います。

殴る蹴るの暴行を行い、被害者に全治期間不明の意識不明状態にしたことは、紛れもない事実であり、否定するつもりはさらさらありませんでした。事件を起こしたのが平成4年4月1日の夜。

初公判が6月18日で、6月30日の公判で結審しました。その6月30日の公判の開始直後、江村正之検察官から被害者の意識が戻ったという報告を聞きました。それまでの自分が被害者の容体の回復ばかりが気がかりで、他のことは考えられない状態でした。

当時の自分は刑事裁判と民事裁判の区別も知らず、全く無知な状態でした。5月28日に金沢刑務所にある拘置所に移送され、その2,3日後に国選弁護人になっていた岡田進弁護士が接見に来ました。

接見の内容については別に公開してある資料に書いてあるので、今回は概ね省略します。余りはっきりとは覚えていませんが、警察に話したことに間違いはありませんね、という感じで確認を受けました。

実際は不本意なところもあったのですが、概ね間違いはないという意味で返事をしました。それでも理解に苦しむところが多かったので、事情を聞いてもらいたいと話を切り出したのですが、そくざに遮られ、耳を貸す姿勢はゼロでした。

事件前被害者との間に合意のセックスはありましたか、事件当時お酒は飲んでいましたか、という質問をぶつけ、それで全て打ち切られたようなものでした。

最後には、「反省、後悔するなら初めからするな」と威圧的ににらみつけ、無言で立ち去っていきました。この間長くて10分。短くて5分の時間です。これが刑事弁護の全てだったと思います。

先ほど書いたとおり6月30日が結審になったのですが、事前に当日の公判で結審するという話を聞いていたのか不明です。なにしろ岡田進弁護士と話をしたのは、短い接見の時だけだったからです。後にも先にも話を聞く機会はありませんでした。

打ち合わせのようなものも皆無でした。裁判についての説明など全くなかったのです。「5,6年は言ってくるだろう」とは言っていました。結果の見通しだけです。内容には一切触れませんでした。

最近になって思ったことなのですが、被害者の意識が回復し、事情を聞ける可能性が出来た訳ですから、判決を先延ばしするなり、少なくとも要望を聞きに来るのが普通だと思います。とにかく岡田進弁護士は一切なにもしませんでした。

結審した時点で三宅俊一郎裁判長から、8月3日に判決を出しますという告知があったと思います。まるまる一月ちょっとの期間があったことになります。今思えば、自分の方から連絡するべきだったのか、とは考えますが。

まず自分は被害者に不信感を抱き、事件にまで発展したわけです。それも生き死に関わる状態になり、その後は、意識が戻らず植物人間になる可能性が高いという状況にありました。頭にあったのは後悔の一念のようなものでした。

一方的に強姦犯だと決めつけて取り調べをした谷内孝志警部補に対する不信感もありました。自分は被害者に不信感を募らせたと書きましたが、実際は被害者を通して自分自身が信じられなくなったという精神的な混乱が大きかったのです。

岡田進弁護士の接見は、その混乱に追い打ちをかけるようなものでした。拘置所の中では、頭に浮かんだことがすぐに砂のように消えていくような状態で、まともに物事を考えることが出来ませんでした。

そんな不安や焦りも、6月30日の公判で被害者の意識が回復したと聞き、ずいぶんと解消しました。しかし、その時点で裁判の審理は終わっていたのです。悪夢のような接見だったので、連絡をして相談するという気にはとてもならなかったと思います。

岡田進弁護士のことを思い出すととても嫌な気持ちになります。はっきり言いますが、岡田進弁護士には責任を感じて、死んでほしいぐらいです。本当に最低、最悪の人間だと思っています。谷内孝志警部補は死んで欲しいとまでは思ってません。




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posted by 廣野秀樹 at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 石川県警察本部提出資料関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月24日

[Twitter]告発事件関係のつぶやきのまとめ 2010年06月22日(火)

#h6_k 判決を下したのが同じ小島裕史裁判長だったということです。さらに第三者の供述調書を重視したという点も似ているかと思われます。ただし、自分の事件とは決定的な違いもあります。それは自分の事件の場合、冤罪ではありません。しかし、誤判という意味では、やはり共通性のあるのではと
posted at 00:01:46


#h6_k 思っています。警察の対応にも似たような疑問を感じるのですが、とにかく犯人を有罪にすることを最優先にし、必要十分に事件を吟味したとは思いがたいところです。そのあたりは岩手の事件で@kuroki_akioさんが積極的に取り上げている問題とも通じるところがあると思えます。
posted at 00:05:21


#h6_k 私は今、Twitterやブログで自分の事件のことを書いていますが、これは出来るだけ多くの人に読んで考えてもらいたい問題だと思っています。ブログを書いている頃、意味が分からないとかわかりにくいというコメントをいくつかもらったことがありました。答えになっていないのかも
posted at 00:15:25


#h6_k しれないのですが、自分自身理解に苦しむところが多いのです。また、私の方から疑問点について、具体的な指摘を求めてきましたが、これに答えてくれるような反応もほとんどなかったと思います。しかし、最近になって自分自身の考え方も変わってきました。誤解を恐れず簡単に言うと、
posted at 00:18:37


#h6_k 個々の警察官、弁護士、検察官、裁判官の事情と資質も問題です。事情というのは個人的な事情と職場環境に分けるべきかもしれません。職場環境という意味では、制度上の問題もあると思います。これも誤解を恐れず、簡単に言えば、彼らは簡単に被疑者の思い込みとか、都合の良い言い訳と
posted at 00:30:26


#h6_k とらえたのかもしれません。私にしてみれば信じ難いことだったので、余り真剣に深く考えないまま、時間を無駄にしてきたような気もしています。これは、被疑者という立場に限った話ではないと思います。未解決の事件の被害者の遺族においてもどこか共通するところがあるように思えます。
posted at 00:34:47


#h6_k 犯罪被害者の遺族が事件の真相を求めるのは、常識と言ってもよいと思います。自分の事件の場合、幸いにして遺族にはなりませんでしたが、意識不明の状態が2ヶ月ほど続き、死亡する可能性が高い状況でした。事実上、捜査も裁判も被害者不在の状態で完結したので、まさに死亡事件に近い
posted at 00:41:43


#h6_k のではないかと思います。しかし、控訴審は事情も異なっていたはずです。手元で資料を確認せず、今の自分の記憶だけで書くので正確でないところもあるかもしれませんが、平成4年の9月頃、控訴審が始まった頃には、被害者はリハビリ専門の病院に転院していたはずです。
posted at 00:45:42


#h6_k 被害者本人の話というのは全く重視されませんでした。重視以前に一切裁判には提出されていなかったはずです。6月の終わり頃には意識は戻っていたはずですが、記憶ははっきりしておらず、その後の回復の程度というのも、私には一切知らされませんでした。
posted at 00:48:49


#h6_k 時間と紙面の都合もあり、一足飛びしますが、私が被害者と最後に接触を持ったのは平成18年10月の始め頃のことです。私は平成15年から被害者や両親の実名も記載して、ネットで事件のことを書いていました。そのことは金沢地方検察庁も熟知していたはずです。関係者の殺人未遂事件
posted at 00:53:41


#h6_k での告訴に向け、金沢地方検察庁に頻繁に連絡をとっていた頃のことで、当時の担当者は遠塚という人でした。告訴を実のあるものにするには、被害者家族の理解と協力が不可欠だと考え、遠塚さんに被害者の自宅を訪問すると話しました。全然反対はされず、協力が得られるのであれば、
posted at 00:56:56


#h6_k 金沢地方検察庁に直接来ていただき話をうかがうことになる、などとも言われていました。このあたりの詳しいことは、現在プライベートモードに設定してあるHatena::Diaryのブログに、当時の記事があるので、匿名に編集してご覧いただけるようにしておきたいと思います。
posted at 01:00:08


#h6_k 普通に考えて私が訪ねてくることは金沢地方検察庁から連絡が行っていたと思うのですが、正直なところ、こんなことも信じられなくなっています。直接訪問するしか手立てがなかったのは、自宅の電話番号が非公開になっていたからです。以前電話で了解を得て、出した手紙も未開封のまま
posted at 01:11:25


#h6_k 送り返されていました。いずれも金沢刑務所を満期出所したあとのころです。その前は、PHSの携帯電話の番号まで教えてもらい、積極的に話を聞く姿勢も窺えていたのですが、それが平成11年8月の事件となってしまい、私は平成13年12月31日まで服役していました。
posted at 01:13:42


#h6_k 自宅にはインターホンがついていたのですが、出たのは彼女だと思います。いや間違いありません。3回ほど、「だれ」と呼びかけられたのですが、私はまともに受け答えをすることが出来ず、時間が経ってから父親がなかから出てきました。いろいろと考えてしまうこともあるのですが、
posted at 01:17:11


#h6_k 現実的な問題として考える余裕もなく、時間を過ごしてきました。考えれば考えるほど、捜査や裁判に対する疑問がふくれあがってくるからです。自分のことでさえ、こんな状態なのに、これを他の誰かに理解を求めるというのは、いっそう困難なことに思えてきます。昨年の9月か10月頃には
posted at 01:21:26


#h6_k 金沢中警察署に電話を掛け、藤井刑事課長と話をし、自分が書いた手紙を被害者の父親に渡して欲しいとお願いしました。内容を読んだ上で検討します、という返事はもらったのですが、これもどうにも引っかかりがあって実行に移すことは出来ませんでした。なぜなら、父親が何より不満と
posted at 01:23:50


#h6_k 不信を持っているのは、石川県警と思えてならなかったからです。そういう感情的な問題を別にしても、立場的に拒むのではないかと思えました。私は自分のことだけでなく、被害者やその家族の気持ちや立場も世間の方々に理解していただこうと努力してきたつもりだったのですが、無視という
posted at 01:27:05


#h6_k 最大最強の対応しか、受けることが出来なかったと思えるからです。ある意味、それは裁判や司法に対する信頼の裏返しと考えることもあるのですが、警察・検察に対する不信や批判を目にするたびに、複雑な気持ちになることもあります。
posted at 01:31:07


http://ow.ly/21u21 ここで山口成良金沢大学教授は、被害者が会社の裏駐車場に自分の車を駐めていた行動を、些細なこととしているが、同時に、一度自宅に電話することを了承しながら、駐車の行動とともに一切電話に出なくなったことにも全く触れていない。 #h6_k
posted at 11:07:14





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posted by 廣野秀樹 at 12:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 石川県警察本部提出資料関係 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする